医療に革命をもたらす

3Dプリントによる移植用人工臓器の可能性

3Dプリンタで作る人工臓器に関する研究は進められていますが、現時点ではまだ3Dプリント製の心臓を体内に埋め込む、という段階ではありません。この記事では、「移植可能な臓器」について深掘りし、今後の展望をお伝えします。

バイオプリンティングは、臓器や体の一部をプリントすることで、臓器提供者の危機を解決することを第一の目的としています。未来の患者さんにとっては、臓器移植の待ち時間が短縮されるだけでなく、拒絶反応のリスクを減らすために、患者さん固有の遺伝子や生理学的プロファイルに合わせた臓器が提供されることになります。しかし、人体や臓器のプリントは複雑なテーマであり、今後も数年、数十年にわたって多くの研究が必要とされるでしょう。

3Dプリンタで作られた臓器は、いつ頃発売されるのでしょうか?

3Dプリントによる臓器を移植できるようになるまでに、人類がどれだけ近づいているかを完全に正確に見積もることは、私たちの体の複雑さゆえに不可能です。しかし、3Dバイオプリンティングの技術は常に向上しており、この技術を使う研究者たちは、この夢の実現に少しずつ近づいているのです。

2022年6月には、3DBio Therapeutics社が、臨床試験で患者自身の細胞を使ってプリントした耳の移植に成功しました。すでに3Dバイオプリンティング技術が移植可能な組織のプリントに使われているのは心強いことです。

2022年のBBC Clickのインタビューで、当社のCSOであるItedale Namro Redwanは、3Dプリントによる人工臓器の移植にはどのくらいかかるのか、という質問を受けました。

「15年から20年後には、臨床試験で目にすることができるかもしれません。シンプルな臓器は、比較的近いうちに実現できるかもしれません。しかし、完全な体内臓器の話となると、それなりの時間がかかるでしょう。」

この分野は予想通りの速度で、確実に正しい方向に進んでいます。現状を打破する進歩やブレークスルーがあれば、予想以上に早く3Dプリントによる臓器が機能するようになるかもしれません。ただし、注意したいのは、ある臓器(例えば肝臓)をプリントしたからといって、別の臓器(例えば心臓)をすぐにプリントできるようになるわけではない、ということです。それぞれの臓器には複雑な要素があるためです。しかし、1つ目の臓器がプリントされ、移植に成功すれば、2つ目の臓器のプリントに大きく近づくことができるのです。

プリント臓器:簡単な説明

この記事の冒頭で述べたように、プリント臓器の移植が可能になれば、臓器移植の待ち時間が短縮され、臓器拒絶反応のリスクも低減されます。ここでいう3Dプリントによる人工臓器とは、私たちの体内にある臓器の機能を再現するために、3次元の形状にプリントされた生きた細胞の集合体のことです。

臓器プリントの仕組みについて

臨床試験に至るまでにはまだ多くの課題があるため、臓器がどのようにプリントされるのか、正確な答えを出すことはできません。臓器プリントの完全な実現には、現代的で高度、かつ新しい技術の組み合わせが必須になるでしょう。

移植用臓器のプリント工程を、以下の3ステップで説明します。これらはあくまで推測ですが、各ステップの詳細な説明については、今後世界中の研究者の皆様によって解明されていくことになるでしょう。

ステップ1:3Dモデルの開発

3Dプリンタでモノを作るには、具体的なモデルが必要です。一般的なモデルでも可能ですが、画像技術(MRIやCTIスキャンなど)や高度なソフトウェアを使えば、患者に合う特定の3Dモデルを作製することができます。

3Dモデル、ひいては3Dプリンタによる人工臓器に、患者固有の要素を加えることで、移植の成功率を高めます。

ステップ2:患者自身の細胞の採取とバイオマテリアルの選択

臓器拒絶反応のリスクを最小限に抑えるためには、患者自身の細胞を使用することが有効です。この細胞を増殖させ、目的の組織をプリントするために特別に作られたバイオインクと混ぜ合わせます。

言い方を変えれば 通常のプリンターで黒を印刷する時、黒色のインク(またはその模造品)が必要になるのと同様に、心臓を3Dプリントする場合は、心臓に適したインクが必要になります。

ステップ3:臓器モデルのプリント

3Dモデルが確定し、細胞の培養と混合が完了したら、いよいよ臓器のプリントです。患者自身の細胞を含むバイオインクを、3Dモデルの設計に従いプリントします。3Dプリンティング完了後、細胞を播種することも可能です。 

どのようなプリント方式やバイオインクを使うかは、世界中の研究者が研究しているところです。例えば、生体材料(バイオマテリアル)を押し出して形を作る、『押出式バイオプリンタ(当社の『BIO X』 や 『BIO X6』参照)』や、光を使って成形をするため高い分解能を可能にする、『光造形式バイオプリンタ(当社の『BIONOVA X』や『Lumen X』参照)』が考えられます。

では、臓器の3Dプリントは可能なのでしょうか?

完全に機能した内臓ということであれば、今日の答えは「ノー」です。この答えが「イエス」に変わるまでには、克服すべき課題がいくつかありますが、近い将来そのような日が来ると、我々は確信しています。

その課題とは、プリントした臓器にバイオミメティックな血管を作ることや、プリント工程で使用するのに適したバイオマテリアルを見つけることなどです。

バイオミメティックな血管形成

機能的な血管網の複雑さを生物学的に模倣することは、簡単なことではありません。すべてのプリンティングに言えることですが、3Dバイオプリンティングにも分解能が伴います。つまり、臓器の血管網のミリ単位の複雑さと臓器全体の形状をプリントできるバイオ3Dプリンタを作ることは、技術的に難しいことなのです。現在、血管網のプリントには、プリント後に除去する犠牲バイオインクを使用するか、同軸バイオプリンタで血管用のチューブ構造を直接造形する方法がとられています。

さらに、血管新生を促す特定の生理活性物質をバイオインクに配合することも、今後の研究課題です。臓器の適切な血管形成を、in vitroやin vivoで実現するためには、3Dバイオプリンティング技術の向上とバイオマテリアル開発の組み合わせが必要になります。 

つまり、臓器のバイオミメティック血管形成の研究を継続するためには、今後更なるバイオテクノロジーの進歩が必要になります。

CELLINKでは、押出式と光造形式両方のバイオプリンティング技術に取り組んでいます。移植可能な臓器構造をプリントする場合、この2つの方式を1つのワークフローに統合することが妥当な判断です。押出方式は柔軟性が高く、臓器の一般的な構造をプリントするのには適していますが、血管機能を持つ構造に必要な細部を再現するのは困難です。そこで、光造形方式の出番となります。光造形式バイオプリンティングは、分解能が高く、犠牲剤となるバイオインクが不要なため、血管網のような微細な構造をプリントするのに非常に適しています。押出式と光造形式の組み合わせについて、詳しくは、 血管新生皮膚組織モデルのバイオファブリケーションに関するテクニカルノートをご覧ください。

バイオマテリアルの選択

組織工学全般の重要な要素として、バイオマテリアルがあります。バイオインクとして使用される各バイオマテリアルは、細胞と相互作用する際に異なる挙動を示します。細胞の接着や適切な細胞への分化をサポートするためには、これらのバイオマテリアルの適切な配合を見つけることが必要です。

コラーゲン、フィブリン、ゼラチン、アルギン酸などの天然ポリマーは、優れた生体適合性を示し、細胞が望ましい形で増殖するのをサポートしますが、これらのポリマーは造形に用いるには限界があります。そのため、合成ポリマーと天然バイオマテリアルを組み合わせることで、プリント適性(造形のしやすさ)を高めることができます。このような複合バイオインクは、将来の3Dバイオプリンティングの有望な候補と考えられています。

どのバイオマテリアルが、最初に移植される完全体内プリント臓器に使用されるかは、正確にはわかりません。しかし、確実に言えることは、臓器のさまざまな構成要素に適した複数の材料を用いて、臓器がプリントされるということです。

臓器移植の未来

つまり、繰り返しにはなりますが、3Dプリントした臓器により、世界中の多くの臓器移植希望者(レシピエント)が救われることになるでしょう。3Dプリンタで作られた臓器が、ヒトに移植できるようになるには、まだ何年もかかりますが・・・。 

しかし、バイオプリンティングによる人工臓器、そして、どのようにプリントするかは、世界中の研究者が日々研究していることです。

CELLINKをはじめとするバイオプリンティング企業が、3Dプリンティング技術を推進し、研究者が臓器や組織モデルの改良に取り組み続けることで、毎年少しずつ改良が加えられていくことでしょう。

医療と臓器移植の未来は、1歩ずつ近づいています。