3Dバイオプリンティングで外傷性脳損傷の解明へ

“動物モデルや2Dモデルが血液脳関門生物学の理解を進める一方で、3Dバイオプリントモデルは、臨床への橋渡しとして、ヒト初代細胞を使用する能力を提供します。”

—Galpayage Dona博士

全世界で毎年7,000万件発生している外傷性脳損傷(TBI)の大半は非致死性です。「しかし、ダメージはそれだけに留まりません」と、フィラデルフィアにあるテンプル大学ルイス・カッツ医学部病理学・実験医学科セルビオ・H・ラミレス神経血管研究室(Servio H. Ramirez Laboratory of Neurovascular Research)の博士研究員Kalpani N. Udeni Galpayage Dona博士は、注意を促します。「最初の脳損傷の数年後でさえ、受容体の発現の変化やイオンチャネルの変化が見られ、その結果、細胞死や一部の神経細胞機能障害が起こり、気分変動、うつ病、不安など、慢性または生涯にわたる身体、認知、行動障害につながる可能性があります。」

Kalpani N. Udeni Galpayage Dona博士

血液脳関門について

中枢神経系では、血液脳関門(blood-brain barrier, BBB)と呼ばれる血管の高度な選択的透過性機能が、脳血流への物質の出入りを決定し、恒常性の維持や血液感染する病原体や毒素から脳を保護する役割を果たしています。動物モデルや2次元細胞培養を用いたこれまでの研究から、TBIの際にBBBの内皮細胞間のタイトジャンクション(密着結合)が損傷する可能性が示唆されています。Galpayage Dona博士は、これらの進歩は認めるものの、2次元細胞培養ではBBBを構成する神経血管ユニットの複雑さを完全に把握することはできないと主張します。内皮細胞は血液が流れる内腔を形成し、BBBの機能を果たすことができるが、内皮の調節には、ニューロン、周皮細胞、アストロサイトなどの隣接細胞との相互作用が必要であると、フロリダ・アトランティック大学の大学院生である同氏は考えています。そのため、TBIがBBBに及ぼす影響を適切に研究するためには、生体内の環境をよりよく再現する多細胞3Dモデルを開発することが必要とのこと。

Lumen Xでバイオプリントした3Dスキャフォールドに観察された内皮細胞(播種1日後)

光造形3Dバイオプリンティングで、別の視点から見直す

脳の3次元微小血管の複雑さとin vivo血管のマイクロ流体特性を再現するために、Galpayage Dona博士はCELLINKの光造形式バイオ3Dプリンタ『Lumen X』 に注目しました。Lumen Xは、高感度なバイオマテリアルや生きた細胞を扱うために開発された初めてのDLP方式プリンタで、3D CAD設計のSTLファイルをアップロードしてレイヤーにスライスし、わずか10秒で架橋(クロスリンク)させる直観的なインターフェースを備え、比類のないスピードを実現しています。CELLINKの光造形式バイオプリンタは、XY分解能50μm、Z精度5μmを実現しています。Galpayage Dona博士によると、Lumen Xの使いやすさ、スピード、精度に加え、光造形式バイオプリンタの柔軟性が、直径100ミクロンから300ミクロンの脳の微細血管の3次元足場として役に立ったとのことです。  

試行錯誤の結果、Galpayage Dona博士は、3Dマイクロ流体スキャフォールドをバイオプリントするには、PEGDA PhotoInk™GelMA PhotoInk™ の組み合わせが最も効果的であることを見いだしました。こうしてできた微小血管の立体キューブは、2本の針を備えた灌流装置に接続され、微小血管を流れる血液を模倣して培養液を灌流させました。

「初代ヒト脳微小血管内皮細胞を、翌日足場に播種しました。なぜなら、内皮細胞をその日のうちに播種すると、細胞がECMに接着しなかったからです。」と、Galpayage Dona博士は言います。「また、胎児と成人の両方の脳微小血管内皮細胞を足場に培養することに成功し、数日後に完全に内皮化した血管系を観察することが出来ました。」

播種後7日目に足場内で観察された完全に内皮化した血管系

次なるステップ

in vitroでTBIを研究するために、スクラッチテストから圧縮、超音速衝撃波までを用いることもあるが、Galpayage Dona博士を含む大多数の研究者は、ストレッチモデルを選択します。7日目は、完全に内皮化した3Dモデルに伸縮装置で引張負荷をかけるのに、コンフルエンスの観点から最適の日であったが、BBBで遮断されるはずの デキストランを3Dモデルに灌流しても、コントロール群とTBI群の透過性に有意差は見られませんでした。次のステップとしては、「さまざまなレベルの歪みをさまざまな時点で試すことにより、TBIの重症度が機能障害にどのような影響を及ぼすかを調べること」と、彼女は言います。 

もうひとつのステップとしては、TBIが神経回路にどのような影響を及ぼすかをよりよく理解することです。「足場内の現在のPhotoInkの組み合わせの中では、神経幹細胞の分化が見られなかったので、どのようなハイドロゲルの組み合わせでこれを実現するか、引き続き調査します。」とGalpayage Dona博士は言います。スライドガラス上の足場の上で神経幹細胞を分化させた後、光照射で刺激を与えて、ニューロンのメッセージングの経路をトラッキングしています。「3D内皮化足場内で神経幹細胞とアストロサイトの分化に成功すれば、神経血管の結合をよりよく再現することができ、これらの経路がTBIの前後でどのように異なるかを見ることができます」と言い、今後も3Dバイオプリントモデルでの研究を続ける意向です。

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Galpayage Dona KNU, Hale JF, Salako T, et al. Frontiers in Physiology. 2021. DOI:10.3389/fphys.2021.715431.