聴覚改善への架け橋に

人工内耳の評価用3Dバイオプリントモデルをハイドロゲルで作製

多くの研究者と同様、Ulises A. Aregueta Robles博士と先生の研究チームは、動物モデルの使用に見られる重要な欠点を指摘しています。例えば、動物間の差、実験期間の長さ、実験結果をヒトの組織反応に外挿していく難しさ、といったものです。これらの問題を克服し、神経調節装置の試験における動物実験代替法を提供するために、チームはin vitro(体外)ヒト組織モデルの開発に取り組んでいます。ここでは、人工内耳の試験に使用できるヒト鼓膜モデルを作製しました。

ハイドロゲルの魔術師:神経インターフェース変革への探求

今回は、ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア)大学院医工学部でご活躍されている若手研究者、Ulises A. Aregueta Robles博士をご紹介します。

Aregueta Robles博士は、長年ハイドロゲル技術の研究を通じて、診断分野を発展させ、人工内耳などのバイオニックインプラント(生体工学的埋込型デバイス)の性能を向上させる新しい医療機器の開発を目指してきました。

Aregueta Robles博士の研究の多くは、組織再生の理解を深めるためのハイドロゲル設計を中心に展開されています。これには、目的とする組織に適したハイドロゲルの特性を調整することや、生体適合性の向上が含まれ、神経工学分野の研究に大きく貢献しています。

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人工内耳の改良と動物実験最小化を目指して

現在、FDAなどの法的機関や、一般の人々、そして研究者たちから、動物実験の使用を最小限に抑えるよう多くの圧力がかかっています。その理由として、動物愛護の観点や、ヒトの組織反応を正確に再現できないこと、そして利用できる動物モデルが限定されていることが挙げられます。

現在研究を行う際には、たとえ前臨床試験であっても、動物実験とin vitro試験(ヒト細胞を用いた実験)を比較検討することが重要です。Aregueta Robles博士たちのチームが研究を始めた時、彼らは内耳をin vitroのヒト組織モデルで再現したいと考えていました。しかし、それは簡単なことではなく、内耳の複雑な構造やその形態を再現するには、従来のハイドロゲル作製法では、不十分でした。

そこでチームは人工内耳の試験用途として、3D バイオプリンティングと3Dモデルを使って、内耳モデルを開発しました。3Dプリンティング技術の活用により、一度に多くの試験が可能になり、さまざまな要因を包括的に評価できる、量産可能で再現性のあるモデルの作製に成功しました。

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図1:(A) ヒトの鼓膜の3Dモデル。刺激を有効に伝えるために、人工内耳を配置している。(B) 研究室で調整したメタクリル化ポリビニルアルコール(PVA-MA)インクを用いてLUMEN X+で3Dプリントした鼓膜モデル。(C) 光吸収剤を除去した後の、ヒト蝸牛電極アレイを内包するモデル。 (D) メタクリル化ゼラチンと共重合したPVA-MAハイドロゲル中で増殖した線維芽細胞(L929)。

画像は著者の許可を得て論文[1]より転載

先進的なインプラント技術への進化

Aregueta Robles博士と研究チームの研究論文である『Growing human-scale scala tympani-like in vitro cell constructs(実物大のヒト鼓膜様細胞構築物の体外での生育) 』は、この領域での研究に新たな道を開きました。この研究では、一般的に蝸牛電極が埋め込まれる「鼓膜の形態を模倣した構造物」を、ヒトの実物大でプリントすることに成功しました。作成されたモデルでは、ハイドロゲルが細胞接着性を維持しており、人工内耳を埋め込むこともできるため、将来的には医療機器の試験等への活用が期待されています。

また、このIn vitroモデルを活用し、デバイスの性能に影響を与える可能性のある様々な要因を評価することで、この分野の前進につながることが期待されます。Aregueta Robles博士らの研究は、生体デバイスに関連する課題、例えば、インピーダンスの増加や材料の劣化なども、盛り込まれています。

「動物実験や臨床試験に進む前段階で、生物学、材料、電気的性能、製造工程の相互作用を理解することが重要です」- Aregueta Robles博士

この研究論文は人工内耳に焦点を当てていますが、開発された手法は、埋込型デバイス、神経刺激装置、脳刺激装置、あるいは神経運動機能を回復させるための電極配置などの関連技術を評価できる体外モデル(in vitroのヒト組織モデル)としての活用が期待されます。

コラボレーション:成果を生むための鍵

Aregueta Robles博士は、共同研究先である他大学と連携することで、モデルの生物学的な関連性が向上し、研究の成功につながった、と語ります。

このような研究チームの連携により、従来の前臨床試験の方法(マウスの小さな内耳を使用する方法)から脱却し、ヒトの実物大の鼓膜様体外モデルを開発することで、埋め込み用の神経調節デバイスの電極試験を包括的に行うことが可能になりました。

構造的な特性に詳しい専門家の助けがなければ、生体を模倣したな体外組織を作ることは非常に難しいものになっただろう、と博士は振り返ります。

進むべき道を照らす

Aregueta Robles博士が組織工学において優先させる重要な基準のひとつは、精度、特に表面分解能です。細胞の挙動は、表面の質によって影響を受ける可能性があるため、細胞を人工構造物に組み込む際には、滑らかで正確な構造を持つ表面が極めて重要です。また、プリントされた構造物の流路内で溶液が灌流することも、考慮すべき点だと博士は話します。

3Dバイオプリンティングによるアプローチを検討していた時、LUMEN X の分解能の高さが非常に魅力的であり、まさに自分たちが必要としていたソリューションであったため、導入を決めたとのことです。

「LUMEN Xは操作が簡単で、特に直感的なインターフェースとユーザーフレンドリーな操作性が優れています。」

– Aregueta Robles博士

再現性高く、利用しやすいヒト組織モデルの構築に向けて

Aregueta Robles博士は、組織モデルの継続的な開発に重点を置きながら、今後も研究をさらに発展させようとしています。先生の最終的な目標は、ヒトの生物学を正確に表現しながらも、それを必要とする研究者や個人にとって利用しやすく、生産しやすい組織モデルを作ることです。そうすることで、特定の研究に精通していない人でも、簡単に自身の研究に応用できるので、様々な研究室や産業界において活用が期待されます。しかし、このような組織モデルを改良・強化するためには、引き続き幅広い研究や調査が必要となるでしょう。

Aregueta Robles博士は、LUMEN Xを最大限活用することで、チームが望む精度と分解能を実現し、研究を新たな高みへと押し上げました。先生の研究は、革新的な工学的ソリューションによって未来の医療に大きな影響を与えるでしょう。

「革新的な研究と技術の進歩を通じて、神経工学の未来を再形成し、神経障害を持つ人々の生活を変えることができます。」

関連文献・論文のご紹介

[1] Aregueta Robles UA, Bartlett-Tomasetig F, Poole-Warren LA. Growing human-scale scala tympani-like in vitro cell constructs. Biofabrication. 2023 May 9;15(3). doi: 10.1088/1758-5090/accfc0. PMID: 37094574.

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